日本人初の米エミー賞受賞という快挙を成し遂げたメイクアップアーティスト、カオリ・ナラ・ターナーさんの人生を語る上で、夫であるビル・ターナーさんの存在は欠かせません。
カオリ・ナラ・ターナーさんは、かつて日本でトップダンサーとして活躍していましたが、香港でのビル・ターナーさんとの運命的な出会いによってアメリカへと渡ることになりました。
結婚生活の中で膝の靭帯を痛めてダンサー引退を余儀なくされた際も、夫の温かい励ましがメイクアップアーティストとしての新たな才能を開花させるきっかけとなったのです。
ビル・ターナーさんは、ハリウッドのプロフェッショナルとして、また一人の男性として、カオリ・ナラ・ターナーさんの波乱万丈なキャリアを生涯にわたって支え続けました。
本記事では、世界的な名優スティーブ・マックィーンが仲人を務めたという驚きの結婚秘話や、夫婦が築き上げた深い絆、そして現在の活動について詳しく紐解いていきます。
カオリ・ナラ・ターナーの夫はビル・ターナー!
カオリ・ナラ・ターナーさんの夫はビル・ターナー(Bill Turner)さんで、職業はハリウッドの第一線で活躍したプロのメイクアップアーティストです。
ビル・ターナーさんは1960年代のハリウッド映画界において、技術と信頼を兼ね備えた職人として広く知られていた人物でした。
ビル・ターナーさんが手がけた代表的な作品には、1966年公開のスティーブ・マックィーン主演映画『戦艦サンパブロ』が挙げられます。
カオリ・ナラ・ターナーさんは、ビル・ターナーさんの誠実な仕事ぶりに惹かれたと語っています。
ビル・ターナーさんは、メイクアップアーティストのコミュニティや制作現場においては、一流の技術を持つ専門家として一目置かれる存在でした。
ビル・ターナーさんは、ハリウッドのメイクアップユニオン(組合)の正会員として、数多くの超大作映画の制作に関与していました。
カオリ・ナラ・ターナーさんがメイクアップの世界へ足を踏み入れた際も、ビル・ターナーさんの業界における信頼が大きな後ろ盾となったことは間違いありません。
ビル・ターナーさんは、プロとしての矜持を持ち、妻であるカオリ・ナラ・ターナーさんが「主人の名を汚さないように頑張ってきた」と述べるほど、立派な実績を築いていました。
カオリ・ナラ・ターナーに子供はいない
カオリ・ナラ・ターナーさんには子供がいません。
親類は姪っ子家族のみです。
でも、夫のお墓はアメリカにあるし、いずれは私もそこに入るつもり。私たちには子どもがいなかったし、親類は姪っ子家族だけです。
夫の墓はアメリカにあり、カオリ・ナラ・ターナーさんもそこに入る予定なので、自身が亡くなった時に姪っ子家族が困らないように、色々な手続きをすでに済ませてあります。
棺桶やお葬式に使う花、埋葬後の会食で出すメニュー、記念品も決めて、支払いまでしており、埋葬地から会食の会場まで移動するためのバスも決めてて、姪っ子達に「全部終わってるからアメリカに行くだけでいい」と伝えてあります。
カオリ・ナラ・ターナーと夫の馴れ初め
二人が出会ったきっかけは、1965年に香港でカオリ・ナラ・ターナーさんが公演を行っていた際、ビル・ターナーさんが映画『戦艦サンパブロ』の撮影のために同じく香港へ滞在していたことです。
当時、カオリ・ナラ・ターナーさんは日本文化使節団の一員としても活躍するトップダンサーであり、香港のホテルでパフォーマンスを披露していました。
一方のビル・ターナーさんは、名優スティーブ・マックィーンが主演を務める大作映画のメイクアップスタッフとして香港ロケに帯同していました。
ビル・ターナーさんは、舞台の上で情熱的に踊るカオリ・ナラ・ターナーさんの姿を一目見て、その美しさと才能に強く惹かれたと言われています。
香港という国際的な都市で、日本の伝統と西洋の映画文化が交差した瞬間が、二人の運命的な物語の始まりでした。
この出会いは、まさに時代と場所が生み出した奇跡のような縁であり、後のカオリ・ナラ・ターナーさんの人生を大きく変えることになります。
交際期間や結婚のタイミング
二人の結婚までの期間は極めて短く、出会ってからわずか2週間から1ヶ月程度という驚くべき速さでプロポーズから挙式に至りました。
ビル・ターナーさんは出会って間もなくカオリ・ナラ・ターナーさんに結婚を迫りましたが、当初カオリ・ナラ・ターナーさんはダンサーとしてのキャリアを続けたいと考えていたため、申し出を拒否していました。
しかし、暴徒に間違えられそうになったカオリ・ナラ・ターナーさんをビル・ターナーさんが身を挺して救ったことで、信頼関係が一気に深まりました。
また、ビル・ターナーさんの熱意を支持したスティーブ・マックィーンの後押しもあり、カオリ・ナラ・ターナーさんは結婚を決意しました。
結婚式は1965年に香港で執り行われ、撮影で使用されていた軍艦「サンパブロ」の艦上が会場となりました。
結婚の条件として、カオリ・ナラ・ターナーさんが踊りを継続することが認められており、非常に現代的な価値観に基づいたタイミングでのスタートだったと言えます。
仲人がスティーブ・マックィーンが務め、花婿の父役を巨匠ロバート・ワイズ監督が務めるという顔ぶれは、ハリウッドという場所の人間味あふれる温かさを象徴するエピソードとして語り継がれています。
夫婦仲は良い?現在の生活
ビル・ターナーさんは1992年に亡くなってるため、現在は共に生活をしていませんが、カオリ・ナラ・ターナーさんは今でも夫への深い愛と敬意を持ち続けています。
生前の夫婦仲は非常に円満で、ビル・ターナーさんは朝起きた瞬間からカオリ・ナラ・ターナーさんを褒め称えるような、愛情深いパートナーでした。
カオリ・ナラ・ターナーさんは、夫を亡くした後も「ミセス・ターナーとして恥ずかしくない仕事をしていこう」と決意し、その名を大切に守りながら活動を続けてきました。
現在はロサンゼルスを拠点に、90歳を超えてもなお、メイクアップの技術を教えたりボランティア活動に励んだりと、精力的に日々を過ごしています。
カオリ・ナラ・ターナーさんは、1965年の結婚を機にアメリカへ移住し、それ以来40年以上にわたりロサンゼルスを主な生活拠点としています。
かつては夫と共にハリウッドでの撮影現場を巡り、仕事によってはラスベガスなどの都市を行き来する多忙な生活を送っていました。
夫が亡くなった後の1999年には米国籍を取得しましたが、日本との繋がりも非常に強く、現在は一年の半分を日本で過ごす「二拠点生活」のようなスタイルを維持しています。
ロサンゼルスでは、敬老引退者ホームでのボランティア活動やファンドレイジングにも力を注いでおり、地域コミュニティに深く根ざした生活を送っています。
また、日本でも講演会やテレビ出演、美容学校での特別授業などを通じて、多くの人々に美と元気を与え続けています。
本人が語る結婚や夫への想い
カオリ・ナラ・ターナーさんは、結婚について「女性を美しくするのは旦那様の言葉次第」という信念を持っており、夫への深い感謝を常に口にしています。
ビル・ターナーさんが毎日「どうしてそんなにかわいいの?」と褒めてくれたことが、女性としての自信と輝きの源になったと振り返っています。
カオリ・ナラ・ターナーさんは、夫が亡くなった後もその愛を糧にして生きており、常に「誰かに恋をしているような目」を持ち続けることが、美しさを維持する秘訣だと説いています。
ビル・ターナーさんとの出会いそのものを「運命」と感じており、夫から贈られた人生の全てのチャンスに感謝しています。
カオリ・ナラ・ターナーさんにとって夫は、単なる配偶者ではなく、人生の師であり、最良の友人であり、永遠の恋人でもありました。
この揺るぎない愛情は、カオリ・ナラ・ターナーさんが語る「女性力」の根幹を成しており、多くの女性にパートナーシップの大切さを伝えています。
仕事と家庭の両立について
カオリ・ナラ・ターナーさんは、夫とお互いのキャリアを尊重し合うことで、仕事と家庭を見事に両立させてきました。
結婚当初、カオリ・ナラ・ターナーさんがラスベガスでダンサーとして活動し、ビル・ターナーさんがロサンゼルスで働いていた際も、離れている時間を信頼で埋めることで絆を深めました。
膝の怪我によって転身を余儀なくされた際も、ビル・ターナーさんは自分の仕事を手伝わせることで、カオリ・ナラ・ターナーさんが再び輝ける場所を提供しました。
ハリウッドの過酷な撮影現場においても、夫婦で共に働きながら、日本文化特有の気配りや優しさを持ち込み、現場の雰囲気を和ませることに努めました。
カオリ・ナラ・ターナーさんは、「自分のやるべきことを一生懸命やっていれば、誰かが必ず見ていてくれる」という確信を持って仕事に取り組んできました。
家庭を安らぎの場としつつ、仕事においてもプロとしてのプライドを貫く二人の姿勢は、自立した個人が支え合う理想的な夫婦の在り方を示しています。
まとめ|カオリ・ナラ・ターナーと夫の関係性を総整理
夫のビル・ターナーさんは、カオリ・ナラ・ターナーさんの人生を大きく好転させた最愛のパートナーであり、一流のメイクアップアーティストでした。
1965年の香港での出会いから始まった二人の物語は、スティーブ・マックィーンという歴史的スターを仲人に迎えた軍艦での結婚式という、伝説的なエピソードによって彩られています。
ビル・ターナーさんは、カオリ・ナラ・ターナーさんの美しさを誰よりも認め、彼女が怪我で挫折した際にメイクアップという新たな道を指し示した最大の理解者でもありました。
ビル・ターナーさんは1992年に惜しまれつつこの世を去りましたが、その名前と誇りは、カオリ・ナラ・ターナーさんの生き方や活動の中に今も息づいています。
ビル・ターナーさんの存在は、カオリ・ナラ・ターナーさんが世界的な賞賛を浴びるアーティストへと成長するための、揺るぎない土台となったのです。
二人の絆は、単なる夫婦の枠を超え、互いを高め合う究極の協力関係であったと言えます。


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